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人形たちに込められた思いやこだわり。
さまざまな、そのひとつひとつを川本氏自身が語ります。 |
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■川本喜八郎のこだわり■
官渡の戦いで勝利して、中原の勇になった曹操の肌の白は、歌舞伎でいえば悪の白で、髭の剃り跡も悪を強調している。
しかし、ただ悪いだけでは主役はつとまらない。情熱的で、策略家で、また詩人でもあった曹操の人物は、秀でた額と、
三白眼とやや突き出た頚でよく表現出来たようだ。余りてこずらずにすんなり生れてくれたのは、
僕が曹操に惚れ込んでいたからかも知れない。岡本信人さんの声は曹操そのものだった。
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曹操(そうそう 155〜220)
字は孟徳。後漢末の動乱期に献帝を擁し、赤壁の戦いでは敗れるも中国北方を領有、
魏国の基を築く。建安文壇をリードした当時一級の詩人でもあり、「非常の人、超世の傑」と賛辞を送られている。
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| ■川本喜八郎のこだわり■ |
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夏侯淵は曹操の従弟に当たり、何時も影のように曹操に従って、
存在感のある人物である。曲がったハの字のような眉と冷酷そうな薄い唇が特徴になって、気の短い所を表している。
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夏侯淵(かこうえん ?〜219)
字は妙才。従兄の夏侯惇とともに曹操挙兵以来の武将。曹家との血縁的なつながりも深かった。
常に戦陣に従い数々の武功を挙げたが、劉備との漢中争奪戦のさ中、定軍山で老将黄忠に討たれた。
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■川本喜八郎のこだわり■
曹操は郭嘉を一番信用していたふしが見える。眉間にしわを寄せ、神経質そうな窪んだ目と尖った鼻、
いかにも頭が切れそうな人物となった。同時に腺病質で、長生き出来ない人。
衣裳は育ちの良さを表すように濃紫をとった。
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郭嘉(かくか 170〜207)
字は奉孝。曹操の片腕といわれた幕僚で、曹操の中原制覇の際にその知略を遺憾なく発揮した。
後顧の憂いを危惧するなか、曹操に袁紹の残存勢力を一掃することを決意させた功績は大きいが、途半ばで陣歿。
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■川本喜八郎のこだわり■ |
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司馬懿のからくりは横目、眉は片方ずつ吊り上がるように出来ていて、
油断もスキもない性格を表すような表現を試みて、成功したのではないだろうか。
孔明に対抗する人物の創造はかなり難しかったが、かぎ鼻、吊り上がった目と眉、
いつも歯がみしているような口で孔明の水のような静けさの反対側にいる大物の策士、
という表現が生れて来たように思う。孔明と対照的な人物にするため、衣裳も孔明が黒の時は白地、
孔明が丞相になって白っぽい衣裳を着た時には黒の衣裳に変えた。
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司馬懿(しばい 179〜251)
字は仲達。曹操に登用され、才知を発揮し認められる。蜀の諸葛孔明の好敵手として五丈原で対峙、
よく中原を守った。のちに魏の政権を握り、死後、孫の司馬炎が晋を建国、三国時代は終焉する。 |
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